FDAを巡る人事やワクチン政策への関心が高まる中、あらためて読み返した本書。コロナワクチンの開発に挑んだファイザーCEO・アルバート・ブーラ氏による回顧録です。
「Moonshot ファイザー 不可能を可能にする9か月間の闘いの内幕/Dr. Albert Bourla」

専門的な内容には踏み込みませんが、リーダーシップ論として非常に優れた一冊であり、ヘルスケア業界に関わる人に限らず、多くの人にとって示唆の多い内容だと感じました。
製薬業界への批判とCEO報酬
米国では製薬業界の評判はとても悪く、アメリカの世論調査・コンサル会社のGallupの調査でも常に否定的な評価を受けています。
メガファーマのCEOの得る高額な報酬や薬価など、命や健康を金儲けに利用しているような印象がしばしば批判対象になっているかと思いますが、さて一体どれくらい報酬をもらっているのかというと、2024年のFiercepharma誌によると2〜3,000万ドル/年くらい。
1位:ビオンテックのウグル・サヒン氏(約2.87億ドル)※コロナ前のストックオプションを行使したことによる一時的なボーナス
3位:ファイザーのアルバート・ブーラ氏(約2,460万ドル)
確かに想像できないほど高いですが、他業界も含めたCEOの報酬ランキングを見るとむしろテクノロジーや通信系の方が高いです。
ただ、やはり「人命を扱う」業界だからこそ、信頼を損ねると他業界以上に強い批判が集まるのだと感じます。
開発現場における決断とプレッシャー
本書の最大の読みどころは、未曾有のパンデミックの中で下された意思決定の重さです。
たとえば、有望なワクチン候補が2つに絞られた時点での選択。ひとつは実証データが揃っており、完成が近い。一方、もうひとつはデータが乏しいが、見込みは高い。
私たちは、どちらのワクチン候補を第三相試験に進めるかを決定しなければならない。それはまるで二つのパズルのようだった。片方のパズルはピースもかなり組みあがっており、美しい絵の全容が見えてきている。一方で、もう片方はまだほとんど組みあがっていないものの、わずかなピースから垣間見える色彩は一つ目のパズルよりずっと鮮やかだ。
医薬品の開発には多くの不確実性があります。
そのため、そのリスクを引き受けて「賭け」に出るという意思決定が求められます。
失敗すれば、人々の命に関わります。
ブーラ氏は最終的に期限を一週間延ばしたのち、あえてリスクの高い方のワクチンを選択し、最終的に大きな効果が得られます。
こういう意志決定には正解はありません。自分の中の信念や優先順位に従うしかありません。
常人には耐えがたいプレッシャーだったと思います。
現場を支えた人々への敬意
また、ワクチン製造現場では、感染リスクを冒して出勤した社員や請負作業員の中に、実際に命を落とした人々がいました。
2021年7月27日時点で、23人の社員と4人の請負写真がコロナウイルスに感染して亡くなったとのことです。
患者に希望をもたらすために、感染のリスクを負って使命を果たそうとした方々がいたということを忘れてはならないと思いました。
日本企業の存在感と今後への期待
一方で、日本企業のコロナワクチン開発における存在感の薄さには寂しさも感じました。
サイエンスとリーダーシップの結集が、国や世界の命運を左右したこの局面に、なぜ日本は十分に関わることができなかったのでしょうか。
私たちは危機時のリーダーシップを発揮することができていたのでしょうか。
大きく考え、不可能を可能にしようとしてきたでしょうか。
そして現在、FDAではトランプ政権下での再編により、ワクチン懐疑的な勢力の影響が広がりつつあるとも言われています。
政治的圧力に左右されず、科学的根拠に基づいた意思決定がなされることを切に願います。
コメント